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村井委員 やっぱり結果を早く求め過ぎて、何かそこらあたりにいい話が転がっていないかと、それを見つけ出して、これこれ、これでやろうという、多分にそういう感じはあるんではないでしょうか。ですから、2、3回はうまくいくけれども、後が続かない。恐らく失敗したところではそのあたりの問題があったように思うんです。特に文化・芸術を取り上げるときには、よっぽどそういう考え方がなければ。例えば担当者が2〜3年でかわるとかいうようなことでもあればたちまちだめになってしまう。身辺に転がっているものを取り上げるのはいいことですが、何か宝探しみたいな感じで、自分のところにいい話はないかと、多分にそういう気があったんではないでしょうか。
鈴木委員長 なるほどね。確かに私は実際に体験するのですが、せっかくコーラスグループが育ってきても、それを指導する学校の先生がほかへ転勤になってしまうとすぐつぶれてしまう、そういうことがしょっちゅう行われるのでございます。私は、あるところで、このグループを育てるために、この先生をあと1年間は転勤させないでほしいと、そういうお願いまでしたことがあるんです。ですから、今おっしゃったようなことが、人と人との関係の中で簡単に壊れてしまうという場合があるわけでございますね。
井上委員 だから、取り組みのそういう属人的な要素を、いかにして地域ぐるみにまとめていくかということだと思うんです。それには、やはり自分たちの地域をこのような地域にしたいという地域の寄って立つ基盤、地域理念といったものがはっきりしていないと、とかく人がかわるともうぽしゃってしまうみたいなことになりがちだと思うんです。
ただ、そういう地域理念をごく一部の人だけで決めるのでは困る。やっぱり地域の人みんなが額を寄せ集めて考えていく、そういう過程の中から地域に対する愛着が生まれてくると思います。行政なら行政だけで決めてしまうと、なかなか自分たちのものという実感が伴わないと思います。
鈴木委員長 中坪さん、実際長い間、そうした核になる芸術を中心に町や村を眺めていらっしゃって、そうした長い間の時間の中での意識の変化とか、そういうものはございましたか。
中坪委員 私は、民俗芸能が、いろいろ変化して今日に至る様をずっとみておりますけれども、両先生がおっしゃったものそのものでございまして、世の中とともに芸能というのはずっと変わっていくものです。それが、一時期、経済的なもの、観光的なものにずっと流れていった余波で、民俗芸能というのがどこか隅に追いやられてしまった。民俗芸能の修行というものは物すごく難しいものでございまして、太鼓の場合は、極端なことをいって失礼ですけれども、朝やれば夜はある程度できてしまいます。しかし、民俗芸能というのは長いスパンが必要

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